取材こぼれ話
兵庫勝さん/星裕方さん/野口慎之助さん
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- 2025秋号 No.172 目次
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棚田みらい応援団受け入れ地区
市民活動団体UKUU代表
兵庫勝さん
人々が交流するなかで棚田を守っていきたい
佐渡市の兵庫勝さんは、歌見の棚田で米づくりを行っている生産者です。山を背に、目の前には海が広がる歌見の棚田は、その景色が魅力ですが、近年は生産者の高齢化や担い手不足のため、米づくりができているのは全体の半分なのだそうです。
兵庫さんはUターンをして農業を継いだころから、地域で田植えや稲刈りの体験イベントを行ってきました。「以前は田植えや稲刈りの時期になると、一家総出で作業に当たったものです。その賑やかな雰囲気が子どもながらにいいなと思っていたのですが、今は高齢の方がひとりでやっていたり、子どもの姿も見えない。それが寂しくて、まずは棚田を知ってもらいたいという思いでイベントを始めました」。
そうした背景もあり、棚田みらい応援団受け入れの打診があった際には快諾したそうです。「自主イベントでは、参加を募るのが自分たちの知り合いなど限られていましたが、応援団はこれまで繫がりのなかった人たちに棚田を知ってもらえる機会になっていることが、とても大きいと思います」。
懸念材料だったのは、地域の人々、特に年配の人たちに取り組みが受け入れられるかということでしたが、いざ蓋を開けてみると杞憂に終わったといいます。「年配の方々も一様に楽しいと言ってくれて。ボランティアで来てくださった皆さんに作業を教えるのが楽しみになっているようで、本当によかったです」。
この地域には田植えができなくて困っていた家に鬼が手伝いに来る「鬼の田植え伝説」があり、それにちなんで、ボランティアの皆さんには鬼の姿になって作業を手伝ってもらっているとのこと。さらに、佐渡まで足を運んでもらうので、印象に残る時間を過ごしてもらおうと、郷土料理やローカルミュージシャンの演奏などを手配して、地域の皆さんで迎えているそうです。
棚田を守っていくには生産性の向上と共に、なるべくいろいろな人とコミュニケーションを取り、手をかけてもらいながら維持していくことが大事だと思っていると話してくださった兵庫さん。「私たちの試みは始まったばかりで、何が正解かは分かりませんが、これからも多くの人と交流し、棚田に興味を持ってもらえるような取り組みを進めていこうと思っています」。
十日町市地域おこし協力隊
棚田ステーション主宰
星裕方さん
都市部住民が「通い農」で棚田を支える未来を
東京の世田谷区出身の星裕方さんは、2023年から十日町市地域おこし協力隊として「棚田のPRと関係人口創出」に取り組み、松代地区の蒲生の棚田・儀明の棚田・星峠の棚田に関わっています。世田谷と松代の交流で生まれた「世田谷マーマレード」をきっかけに松代を初めて訪れ、その時に、移住して棚田の価値創造に取り組んでいる人物と出会い、影響を受けたという星さん。「その方から誘われて手伝いに来て、棚田の草取りをしました。仕事が忙しくて追いつめられていた時期でしたが、作業しているうちに精神的に開放されて開き直っていく感覚があったんです。これはタスクでいっぱいになっているビジネスマンにフィットする体験だと思いました。ストレス解消をしながら地域のためにもなるし、ビジネスにできるかもしれない、という閃きから、棚田に関わりたいと思うようになりました」。
地域おこし協力隊となり、体験イベントなどを行いながら、棚田保全のための勉強会に参加するうち、課題に気付いたという星さん。「以前から各地で行われている棚田保全活動にオーナー制度がありますが、それが立ち上げた人たちのモチベーション頼みになっていて、その人たちが引退したら続かないという状況になってきているんです。制度疲労を起こしていて、再検討が必要な時期だと感じました」。
そこから持続的な活動として星さんが発案したのが「通い農」という新たな農業スタイル。「体験と移住・定住の中間という感じで、都市部住民が里山に通って、自ら耕作主体となって棚田の保全に関わっていく活動です」。その拠点となる施設として、2025年春には「棚田ステーション」をオープンさせました。
星さんが思い描くのは、どんな職業の人も、年に1カ月~3カ月は里山に来て、農に携わることができるライフスタイルが定着する未来。その実現のために、例えば農地へのアクションのハードルを下げる制度として「通い農特区」などが叶えば、と話します。さらに、スマート農業を活用すれば、都会に暮らしていてもリアルタイムで田んぼの様子が分かり、水の調整作業も遠隔で可能になることから、自身の会社での研究開発も進めています。
「都会の人が積極的に棚田に関わることで、生産を続けていく人手の確保が可能になると思います。また、米づくりにどれだけの労力がかかるかということも、実感として知ってもらうことは重要だと思います」。
今年度で協力隊の3年の任期を終える星さんは、より本格的に「通い農」の普及に取り組んでいきます。
棚田みらい応援団参加者
新潟食料農業大学4年
野口慎之助さん
美しくのどかな、そして活気ある棚田に
新潟食料農業大学に通う野口慎之助さんは、2年次から合計8回「棚田みらい応援団」に参加してきました。栃木県出身の野口さんは、祖父が農家で米づくりをしていたこともあり、田んぼは身近だったものの、棚田を実際に見たのは応援団で訪れたときが初めてだったそうです。「応援団の活動は、大学生活の思い出ランキング1位です」というほど、楽しい時間を過ごしたという野口さん。活動先は、糸魚川市の東塚棚田でした。
野口さんがまず惚れ込んだのは、棚田の景観の美しさ。「山間にあるので段差があったり、田んぼ1枚が小さかったりで、大きな農機は使えず手作業が基本になるのでとても大変だと思いましたが、あの景観の素晴らしさを見ると、将来もこのまま存続していってほしいと思いました」。農作業の後、お昼にいただいた棚田米のおにぎりのおいしさにも感激。「お米自体に力があって、とてもおいしかったですね」。
また、生産者の方の人柄も魅力的で、いつも再会が楽しかったと振り返ります。「回を重ねるごとに、お世話になった皆さんのためにもっとお手伝いしたい、という気持ちになりました。自分はあまりコミュニケーションが得意ではなかったのですが、応援団の活動ではできるだけ積極的になろうと心がけていて、自分自身の成長にもつながった経験だったと思います」。
さらに、生産者の方の家に宿泊した際に聞いた話から、棚田を残していくための課題が見えてきたと話します。「生産者の高齢化が進み、同時に集落には空き家が増えているという話を聞きました。このままでは将来的に集落の維持も難しくなり、棚田が無くなってしまうのは時間の問題なのかもしれないと感じました。棚田の存続には、まず人手が必要であることを改めて実感しました」。
卒業後は地元に戻るものの、引き続き個人として東塚棚田に手伝いに行きたいと思っているという野口さん。棚田で撮影した夕景の写真は、スマホの待ち受け画面にしています。「まずは、棚田の風景の美しさをより多くの人に知ってもらいたいです。そして集落の住人が増えて、農村らしい雰囲気は残しながら、活気のある棚田になっていってほしいと思います」。

