「佐渡島(さど)の金山」をフカボリ!―世界遺産登録への道―⑤

この連載では、「佐渡島(さど)の金山」の見どころや歴史などを毎回お伝えします。県民みんなで知識の鉱脈をフカボリしましょう!
県では世界遺産登録に向け、今後も取り組んでいきます。

佐渡を世界遺産に

佐渡は、16世紀末の相川金銀山発見の後に、徳川家康の領地となります。金銀の生産が本格化し、後に小判も製造するようになりました。十数軒の漁村だった相川には奉行所が置かれ、最盛期には5万人と、今の佐渡市全体の人口に匹敵するほどの人が住む都市になったそうです。奉行所から金銀山を結ぶ大通り(現「京町通り」)を軸に区画が整備され、職業別に居住先が割り当てられました。今も道幅や区画は当時の姿をとどめ、大工町(大工=採掘職人)などの町名も残っています。

水墨画で描かれた江戸時代相川の町の様子(『岡松奉行旅行図』大安寺所蔵)

“江戸眼鏡”で佐渡の街歩き

江戸時代の金銀山や相川の文化などをCG映像で再現!
現在の風景と照らし合わせてお楽しみください。

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【問い合わせ】
文化課 世界遺産登録推進室 電話:025-280-5726